enter to smiles in despair by Masaru Goto


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 初めてティーと出会ったのは2001年だった。
 
 バッタンバン州リファラル病院は市内の川沿いにある。フランス植民地時代に建てられた病院の天井はやけに高く、古くて巨大な 扇風機が、頭上でゆっくりと回っていた。季節は雨季がもうすぐ明ける3月。それでも時折激しいスコールが降り、病室の床は雨漏りのため、いつも水浸しに なっていた。

 感染病棟には無造作にベッドが置かれ、その他設備は何もなかった。15人ほどの患者たちがいたが、動くことの出来る者は中庭 に出ているので、病棟内は怖いほど静まり返っていた。時折赤ん坊の泣き声が聞こえた。体が弱って動けない寝たきりの人々が、痛みを我慢しながら、じっと窓 の外の景色を眺めていた。

 一番隅のベッドに、女性が一人いて、干し終わった洗濯物を1枚ずつ綺麗にたたんでいた。微笑みながら「私はティーよ」と言った。まるで枯れ木のように痩 せ細った彼女は、とても29歳に見えない。ほとんどの患者がそうであるように、彼女もたった一人でエイズと闘っていた。


 夫は昨年エイズで亡くなったという。 幼い子供が1人いて、今は祖父に預けているとも言った。ティーは話をしながら、時々苦しそうに咳き込んだ。エイズは免疫機能を低下させる。感染病棟にいる エイズ患者の8割が結核を患っていて、症状悪化を急速に進めて命を落とす場合が最も多かった。

 以来僕は、感染病棟を訪れるたびにティーを訪ねた。果物を食べながら語りあい、時には大部屋の角にハンモックをつって一晩を 明かしながら、僕は彼女にカメラを向けた。エイズが体を蝕み、ひどい痛みを伴う時でも、ティーは笑顔を絶やさなかった。そして日に日に、彼女の姿は変わっ ていった。少しずつ髪が抜け落ち、全身の皮膚が爛れはじめた頃、彼女はカンボジア人女性にとって命の次に大切な黒髪をばっさりと切った。「体力の限界がき たの。髪を洗う力もなくなったわ」髪を切った理由を聞くと彼女は言った。

 よく晴れたある日、ティーから、病院の中庭で写真を撮ってと頼まれた。同じ病魔と闘っている友人のテットという女性を誘い、 彼女は中庭に出た。
「昨日は隣で寝ていた女性が死んだわ。いつ死ぬかもしれないから、その前に写真を撮っておくの」
 ティーはか細い声で言った。その時彼女は綺麗に化粧をして、一番のお気に入りの洋服を着ていた。
 二人並んで数枚撮影したあと、彼女はつぶやいた。
「以前の様な元気な体に戻れたら、どんなに素晴らしいでしょうね」

 そして「ありがとう」と言ってから、嬉しそうに笑った後、ティーは杖をつきながら、ゆっくりと病棟に向かって歩いていった。


 それから2ヶ月後、僕はまたリファラル病院に来た。大部屋の一番隅にあった彼女のベッドを見た。そこには誰もいなかった。い つも使っていたシーツもなく、ただ汚れたマットが置いてあった。友人のテットがいた。
「ティーはね、このまえ死んじゃったよ」

 遺体を数日間保管して、家族が引き取りに来るのを待ったけど、結局誰も来なかったという。テットは言った。
「ティーは死ぬ前日まで、あなたのことを待っていたよ」

 返す言葉が何も見つからなかった。自然に体の力が抜けていった。「写真を撮ることの最終的な目的はあなたたちを助けること」 と言った僕の言葉を、ティーは最後まで信じていた。悔しかった。何をしているのかと自身を責めた。そして自分を信じてくれた彼女に対して、僕はこれまでに ない罪悪感を覚えた。

 ティーを荼毘に伏せた寺院は近くにあると聞き、僕はそこに向かった。寺院の火葬場には大きなドラム缶があり、中に遺灰と共に 遺骨が山積みになっていた。

「引き取り手のいない遺骨が多いのです。みな家族に見捨てられた者たちです」若い僧侶が言う。遺骨のほんの一部だけ無縁仏を供 養する本堂に納められ、その他の遺灰は裏庭に捨てられている。見ると、放牧された牛が、捨てられた遺灰を食べている。僧侶に事情を話すと、ドラム缶の前で 線香を炊いてくれた。煙にまみれながら僕は、その前で手を合わせた。他に何が出来るだろう、手を合わせて懺悔することしか、僕には出来なかった。
 
 カンボジアには今でも、ティーのような境遇の女性が多くいる。生きる希望を持ち、エイズと闘う意志があるが、みな最後には力 尽きて一人で死を迎えている。

 病魔と闘いながら、必死で生きていたティー。絶望の時にこそ優しく笑える人こそ、本当に優しい人なのだと、僕はティーから学 んだ。そして生きることに懸命だった彼女の姿は、いつまでも僕の脳裏に残り続ける。

 エイズと闘い続けたティーにこのストーリーを捧げる。









写真と文:後藤勝
freelance photojournalist
mail@masarugoto.com
[関連ページ]http://masarugoto.com(英ページ)
[著書]絶望の なかのほほえみ(めこん)